山崎行太郎WEB『毒蛇通信』
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ネオコンの政治哲学とその起源

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■さて、イラク戦争自体はすでに過去の思い出になりつつありますが、そこで、次に大きな問題として浮上してきたのが、これからの国際政治の火種になると思われる「ネオコンとは何か」という問題です。イラク戦争の前後は、もっぱらイラクやフセイン、イスラエル・パレスチナ問題、石油利権など、いわゆるアラブサイドの問題に関心が向けられていたために、アメリカ国内のネオ・コンサバティズム(ネオコン)という新しい思想潮流とその政治哲学に対する情報と分析が、若干、不足していました。

■それが、ネットでお馴染みの田中宇(「国際ニュース」)や吉崎達彦(「溜池通信」)をはじめとして、多くの国際ジャーナリストや国際政治学者が、あるいは政治家や外務官僚までもが、イラク戦争をめぐる国際政治の動きや戦況を読み違えた大きな原因でしょう。イラク問題を政治的駆け引きに利用しようとした独仏の政治家たちも同じでしょう。一言で言えば、それらはいずれもネオコンの実体を知らずに、ネオコンを甘く見た結果です。

■ぼくは、ネオコンという言葉を、昨年末ごろ、田中宇のメルマガではじめて知りましたが、その頃のネオコンに対する一般的な理解は、頑迷固陋の単なる「共和党右翼反動派」という程度のものだったのではないでしょうか。つまり、日本でもよくあることですが、たとえば、石原慎太郎を「右翼ファシスト」と呼んで無視・蔑視して安心している連中と同じように、彼等も、ネエコンを、単なる「保守・右翼・反動」派としてしか考えていなかったと言っていいでしよう。いや、今もそうかもしれません。それが、「均衡理論」に基づく国際協調派のパウエル国務長官への過大評価につながり、その結果として「イラク戦争は起らないだろう…」という間違った予測につながっていったと思われます。

■この時点で、あるいは今も、ネオコンにまともな政治哲学や世界戦略があると考えた人は少なかったように思われます。おそらく独仏中露も、ネオコンを甘く見ていたのでしょう。むろん、ぼくもネオコンの実態は知りませんでした。しかし、アメリカは、イラク戦争を「やる気だ…」という確信はありました。その「やる気」の背景に、実はネオコンの政治哲学と容易周到な理論武装があったわけです。ネオコンにはネオコンなりの首尾一貫した論理と哲学があります。彼等は思想的な確信犯です。それが,彼等が激しい思想闘争・理論闘争を繰り返す理由です。

■つまり彼等ネオコンは、ひところ,盛んに言われたような、「石油利権」をあさるだけの野蛮な戦争屋なんかではありません。「石油利権」だけが目的ではない…。だからこそ、ネオコンは恐ろしいのです。いや、むしろ彼等は石油利権や経済問題にはあまり関心を持っていない、というのが実情です。

■その正体は次第に明かになってきつつありますが、「アメリカ一局主義」も、「国連無視」も、「欧州連合無視」も、「国際法無視」も、いずれも行き当たりばったりの非合理的政策ではなく、すでに充分に分析・検討され、理論化された政策です。反戦デモや独仏中露の揺さぶりに、彼等ネオコングループが微動だにしなかった理由もそこにあります。

■しかしおそらく、これからの「ネオコン談義」は、ジャーナリストやエコノミストの知性と能力では無理でしょう。表面的な情報を集めただけでは、ネオコンの思想的背景やその政治哲学までは理解できません。田中宇(「国際ニュース」)や吉崎達彦(「溜池通信」)は、ブッシュが「非合理な選択」をした、と言っていますが、そうではないでしょう。賛成するか反対するかは自由ですが、ブッシュの選択が「非合理」だったと言うのは、国際政治の固定観念(平和ボケ?)に毒されているからです。ネオコンは、その国際政治の固定観念をぶち壊すために、10数年の雌伏の期間に周到に理論武装し、「9・11」テロという絶好の機会を見逃さずに登場してきたのだと思われます。そこで問題になってくるのは、言うまでもなく、それを受けとめるわれわれ自身の政治哲学であり、われわれ自身の哲学的な思考能力でしょう。

■では、ネオコンとは何か。ネオコンの中心人物の一人、ロバート・ケーガンの翻訳(『ネオコンの論理』光文社)もすでに出ました。おそらくこれからその種の本が、解説書も含めて続々と出てくるでしょうが、ネオコンの正体は、単なる保守・右翼ではありません。彼等の出自は、社会主義革命を目指す元左翼であり、特に「ネオコンの始祖」と言われるアービング・クリストルは、(ネオコンの若手リーダー、ウリアム・クリストルの父親…)、永久革命=世界革命を信奉する元トロッキストという過去の持ち主です。つまり彼等は、左翼過激派からの転向組なのです。

■彼等が、独仏の反対や国連決議を無視して、また、うすっぺらな「反戦平和デモ」を歯牙にもかけずに、強引にイラク戦争開戦に突入していった根拠はそこにあります。彼等にとって、イラク戦争は「世界革命・永久革命」の一環に過ぎないのです。彼等は,「アメリカ的価値観」を軸にした新しい世界秩序の再構築を目指しています。つまり、これは右からの世界革命=永久革命です。言いかえれば「革命の輸出」です。むしろ、連合赤軍や日本赤軍の「世界同時革命論」、あるいは「世界戦争宣言」と比較した方がわかりやすいでしょう。

■厳密に言うと、ブッシュもチェイニー(副大統領)もラムズフェルト(国防長官)もネオコンではありません。筋金入りのネオコンは、ユダヤ人のウォルフォヴィッツ(国防副長官)を筆頭に、ブッシュ政権内部に20人ぐらいいると言われています。決して多数派ではありません。つまりネオコンは、キリスト教原理主義ではなく、ユダヤ教であり、しかもユダヤ教左派です。その意味では、決して大衆的基盤を持つグループではなく、むしろ少数精鋭の思想集団とでも言うべきです。それがキリスト教原理主義グループ(ブッシュ大統領)と連携して成立しているのがブッシュ政権です。ネオコンは、バクダット攻撃を躊躇して撤退したブッシュ・パパ(父)や、イラクや北朝鮮と政治的妥協を繰り返し、対話と協調路線でお茶を濁そうとしたクリントンを、激しく憎んでいます。

■ネオコンは、なぜ、左翼過激派から新保守過激派へ転向したのか。そこには、イスラエル・パレスチナ問題や社会主義への幻滅という問題がからんできます。日本赤軍の岡本公三らがロッド空港乱射事件を起こしたことを覚えていますか。あの事件が象徴するように、世界の左翼過激派は、パレスチナ問題では、「反イスラエル」=「親アラブ」の立場を取りましたが、そこで孤立を余儀なくされたのが、ユダヤ系左翼過激派グループでした。彼等は、左翼内部で行き場を失い、その結果、世界革命=永久革命論を保持したまま、民主党右派を経て、共和党右派に転向したというわけです。だから、ネオコンは、伝統的なアメリカ右翼・ブキャナンのような頑迷な保守主義者(パレオコン),自閉的な孤立主義者とは明かに異なります。

■ぼくは、イラク戦争問題に関しては、何回もニーチェの「超人哲学」に言及しました。「価値転覆」と「価値創造」の哲学者・ニーチェです。実は、このネオコンのグループは、ぼくの予感した通り、ニーチェの思想的影響を受けているようです。

■彼等が信奉するのは「力」の政治哲学、「勝てば官軍」「力こそ正義」の政治哲学です。言いかえれば、それこそが、ニーチェの「超人哲学」なのです。「神の死」以後の無秩序を、新しく秩序化して行く「超人」は、旧来の価値観から自由でなければならない…、あたらしい価値を創造するのは「弱者の恐喝」や「奴隷道徳」に屈しない一部のエリート=超人だ…という哲学です。ニーチェは、「良心の呵責は、弱者がかかる病気だ…」と言っています。ロバート・ケーガンが、執拗に「欧州の弱体化」を批判し、罵倒するのは、欧州が、「反戦平和主義」や「国際協調路線」という「弱者の病気」にかかりつつある、という事でしょう。

■国連や欧州を軽視し、単独で世界秩序の構築を目指すネオコンが依拠する政治哲学は、文字通り,ニーチェの超人哲学です。それを批判したり嫌悪することは自由ですが、批判するだけではすまないでしょう。彼等の言動によって、これからの世界情勢と世界史が書きかえられて行く可能性があるわけですから…。現に、あれほどイラク戦争に頑強に反対した独・仏が、今や、アメリカの圧倒的な軍事力によるイラク支配に、口も手も足も出ないどころか、しきりに擦り寄って和解を試みているではありませんか…。

■ところで、わが日本国内を見てみると、『論座』で、小林正弥(東大法学部卒、千葉大助教授)という人が、北朝鮮の核兵器が恐いから、今すぐ、経済支援と国交正常化交渉を再開しろ…と書いています。また、評論家の松本健一は、『発言者』に、アメリカのイラク戦争を支持した小泉純一郎は、「憲法違反だ…」と批判しています。みなさん、ノンキですね(笑)。

■たとえば、竹村健一は、今回のイラク戦争について、アメリカの一人か二人の若者が始めたシンクタンクからの政策提言で、戦争は始まったかのように書いていましたが、(つまりアメリカの若者はすばらしい、日本も若者も見習うべきだ…などと? )まったくの誤読・誤解です。竹村さん!! あなたは、ネオコンを、アメリカ式のベンチャービジネスの一種だとでも思っているんですか? そんなことありませんよ(笑)。あれは政治的に、哲学的にもかなり過激な思想家集団です。

■むろん、ネオコンの思想的背景には、現代の「ローマ帝国化」したアメリカの「恍惚と不安」の心理があるでしょう。

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●発行者プロフイール
山崎行太郎 (yamazaki koutarou) 哲学者。文芸評論家。埼玉大学講師。朝日カルチャー・センター講師(小説教室)。慶応義塾大学文学部哲学科卒。同大学院終了。東京工業大学講師を経て,現在,埼玉大学講師。日大芸術学部講師。著書→『小林秀雄とベルグソン』(彩流社)。『小説三島由紀夫事件』(四谷ラウンド)。『遠い青空ー山川方夫の生涯』(すばる)その他。現在→『月刊日本』に『月刊・文芸時評』を、月刊誌『自由』に『平成・文壇・血風録』を連載中。
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